何もしない時間に、救われることがある

思考

以前の私は、

予定のない休日になると、

時間の制約がないせいか、

スマホをずっと触っていたり、

急に「時間がもったいない」と思い立って、

必要に迫られていない家事を始めたり、

せっかくの一人時間なのに、

友達を誘って出かけたりしていた。

空白の時間を埋めることで、

安心しようとしていたのかもしれない。

何もしない時間は、

無駄な時間。

何か一つでも進められたら、

「時間を有効に使えた。」

そんな小さな安心感を求めていた。

本を読む。

片付けをする。

勉強をする。

どれも悪いことではない。

「何かをしている自分」でいないと

落ち着かなかった。

でも、

いざ立ち止まってみると、

意外と何も起こらない。

焦りも、

少しすると静かになっていく。

そのあとで、

「ああ、本当は、頑張り続けることに疲れていたんだ。」

「今日はこれで、何もしなくても十分だった」

そんなふうに気づける日が増えてきた。

何もしない時間は、

無駄な時間じゃないし、

何も生まれない時間ではない気がする。

使いすぎている頭の中をリフレッシュさせて、整理する時間。

次に動くための余白だった。

近頃は、

予定のない日があると、

少し安心したりする。

何もしない時間は、

自分を整えるために、

必要な時間なのだと、

今は思っている。

だから今日も、

何もしない時間に、

少し救われている。

コメント