いつも少し急いでいる
日常の中で、
- 朝から時計を何度も見る
- 次の予定のことを考えながら食事をする
- 家事を早く終わらせようとする
- 用事が済んだら、すぐ次のことに取りかかる
- 少しでも時間が空くと「何かしなくては」と思う
など、特別急ぐ理由がないのに、先へ先へと進もうとしている自分に気づく。
速さを求められているわけではないし、急かされているわけでもない。
それでも、何となく早く行動するほうが、
時間をうまく使えているように感じていた。
そのほうが良いことだと、どこかで思っていたのかもしれない。
「急がない」と「何もしない」は違う
「急がない」と聞くと、
- のんびりする
- ゆっくり過ごす
- 効率を考えない
というイメージもある。
でも、実際にはそういうことではない。
やることはやる。
ただ、必要以上に先回りせず、
目の前のことを一つずつ進める。
速さを落とすというより、余計な焦りを減らす。
そう考えると、私は日々、意味もなく焦っていたのかもしれない。
「早く終わらせたい」が、いつの間にか癖になっていた
たとえば、
- 家事を早く終わらせようとする
- 用事をまとめて片づけようとする
家事を短時間で終わらせ、
無駄な時間を省けたことに満足する。
複数の作業を同時に進め、時間を有効に使えたと感じる。
そんなふうに、効率よく動くことがいつの間にか癖になっていた。
それによって、実際にスキマ時間を確保できていたのも事実だ。
ただ、そのスキマ時間も効率よく使いたいと思ってしまう。
急いでいること自体が目的になっていたのかもしれない。
「急がない」を少し意識してみた
ふと、
「今、本当に急ぐ必要がある?」
と考えるようになった。
急ぐ必要があるときは急ぐ。
でも、そうでなければ、少しだけペースを落とす。
たとえば、
- 食事を急いで終わらせない
- 家事を一気に片づけようとしない
- 出かける直前まで予定を詰め込まない
- 次の予定を考える前に、今していることを終える
など。
「急がない」と決めるだけで、行動そのものはそれほど変わらない。
変わったのは、一つ一つのことをしているときの感覚。
次のことを気にせず、目の前のことに集中しやすくなった。
時間が増えるわけではない
実際には、時間が増えるわけではない。
むしろ、ゆっくりしたことで予定がぎりぎりになることもある。
それでも、
時間に追われている感じが少なくなった。
同じ一時間でも、
「次は何をしよう」と先を急いでいる一時間と、
「今はこれをしている」と目の前のことに向き合う一時間では、
感じ方が違う。
時間が増えるわけではないのに、
心の余裕が生まれる。
不思議な感覚だ。
余裕は「時間」だけではない
余裕というと、
「時間に余裕があること」
を思い浮かべるけれど、気持ちに余裕があることも、
その一つだと思う。
急いでいると、目の前のことしか見えなくなる。
「急がない」と少し意識するだけでも、
同じ一日の中で、ちょっとしたことに気づける。
時間の使い方が変わるというより、
時間の感じ方が変わるのかもしれない。
速くすることだけが、時間を大切にすることではない
「急がない」と意識することで、
一日が長くなるわけでも、やることが減るわけでもない。
ただ、少しだけ余白ができる。
その余白があると、
次のことに取りかかる前に、ひと息つくこともできる。

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