朝ご飯は、作るものだと思っていた。
特別な理由があったわけじゃない。
子どもが小さい頃から、ずっとそうしてきただけ。
それが、当たり前になっていた。
疑うこともなく、
誰かに頼まれたわけでもないのに、
自分でそう決めていた。
でも、いつからだろう。
朝のキッチンに立つ時間が、
ほんの少し重たく感じるようになったのは。
料理が特別得意なわけでもない。
それでも、朝ご飯は「やらなきゃいけないもの」だと、どこかで決めつけていた。
やらない、という選択肢は
最初からなかった。
だからこそ、
気づかないうちに、
「あたりまえ」が少しずつ重くなっていたのかもしれない。
子どもたちが家を出て、夫婦二人になった頃。
夫は「少し身体を絞りたい」と言い出した。
ちょうどその頃、私は野菜スープにハマっていた。
自然と、朝に食べたいものが違ってきた。
私はお弁当を作る朝は、どうしても慌ただしい。
思い切って、朝はそれぞれでどうかと提案してみた。
プロテインでも、簡単なものでも、いいのではないか、と。
「そうだね、朝は各自スタイルでいいね」
拍子抜けするくらい、あっさり決まった。
次の日の朝。
キッチンに立たない自分が、少しだけ不思議だった。
いつもより静かなリビングで、
お弁当を詰める音だけがしている。
それでも、何も困ることはなかった。
朝は、以前より穏やかな時間になった。
焦りがなくなった。
時間は相変わらず淡々と流れていくけれど、
そこに嫌な重さはなかった。
ほんの少しだけ、罪悪感はあった。
それでも、夫は自ら洗い物をしてくれるようになった。
頼んだわけでもないのに、
自然とそうなっていた。
やめたことが、
誰かを責める気持ちを、少し落ち着かせてくれたのかな。
無理をしていたのは、
誰かのせいではなく、
自分の「あたりまえ」だったのかもしれない。
私にとって、
整えることは、何かを増やすことではなかった。
ひとつ減らしてみること。
それだけで、
朝の空気は、ちゃんと変わった。
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